行動の巻
まだ手探り中・・・・・・
こんにちは。昨日テレビでやっていた、TEDをボンヤリ見ていた。画面に映る、ドーナツとチョコレート。何でも一口でも食べてしまうと、そんな自分はダメなんだと諦めて、ドーナツもチョコレートも食べてしまうらしい。:そこで思う。何で行動には理由が必要なのだろうかと・・・・
思ってしまったら考えないワケにはいかない。これは私の持病。よろしければお付き合いください
理由を付けないで人は行動出来るんだろうか?なんだかんだ人は、行動に理由を付けている。理由から解放された時、人はどうなってしまう。:下らない事グチグチ考え出したな。どうせ理由なんて、言いワケだろうよ
ブレーキが掛からない。理由から解放されると、欲望のままに動いてしまう。人間が欲望のままに動くのは危険すぎる。:いやいや、ドーナツもチョコレートも食べてるんだから、欲望のままに動いてるんじゃないの?全然ブレーキ利いてないじゃん
脳の制御下。欲望からすぐ行動では、ブレーキが利かない。理由は一度脳の制御下に入っている事を示している。:脳の制御下に入っているのに、欲望のままに動いちゃうって事だろ。だからそれじゃブレーキ利いてないじゃん
評価する。自己嫌悪はブレーキの利かない自分への評価。脳は行動にダメ出ししている。それなのに欲望に負ける。脳の制御下にあっても、絶対ではない。:自己嫌悪すら理由にして、欲望のままに食べちゃうんじゃ、どうしようもないんじゃない
どうしようもないのかもしれない。その葛藤がある事に、意味があるような気がする。葛藤があるのが人間。実際どうするかは個人の自由。:あれ?もともとは行動に理由がつくのは何でか?って問いだったよね。その答えはどうなったの?
待てかGoか。理由を付けるのは自分で判断する為。判断した上の行動なら、自分の責任。全ての行動に責任がついてまわる。人が行動に無責任にならないように、一度脳が判断して責任付きで行動させていると推測出来る。判断している以上、行動の前にそれなりの納得をしている。納得があるから責任も取るべきでしょうという論理。これは私的にスッキリした結論
2006・11/5〜11までの週間トップを発表します!!1位はトモダチ2位ピリピリ3位退屈だよ。でした。この頃も一生懸命文章工夫してたな。懐かしい・・・・・・・・