りそうとげんじつ
追い求めてしまう。
ただそこには、独創性というモノは無い。
理想を追い求めてしまう。理想と現実の質を考え直してみたい。
理想は追い求めるが、その多くが判でついたような、似たものばかり。
あまりにも、独創性を感じさせない。
それは誰かが想像したモノに、乗っかっているだけだから。
理想と言っても、安易に乗っている安っぽい、ありきたりな願望。
考えてみれば生活自体が、マネばかり。
誰かがつくってくれたモノに、乗っかっている。
意外に、独創性というモノは求めない。もっと独創的でも良いように思うが、どうしてだろう。
おそらく独創性というのは、世の中の流れからは外れてしまう。
流れから外れる所は、生活しづらい要素。みんなと同じで、流れに乗っている方が、生活はしやすい。
現実的に生きるというコトであるならば、流れにのって、ありきたりな方がリスクは少ない。
理想を求めると言っても、それは現実の中にある。それで、誰かがつくったモノに乗っかるという、カタチにおさまる。
普段使われる理想という言葉は、結局現実の枠内に存在している。
その現実の中で、より良いポジションや、カタチを追い求めている。
もしも独創的な理想を実現したならば、それは誰にも理解されない、滑稽なモノに映ると思う。
誰かのマネをして、見せびらかして、歓びを得るのが理想の正体。
自慢出来る現実が、理想の正体。
理想と現実は、別物ではない。見せびらかす、イヤらしい現実が、追い求める理想。それでイイのなら、どうぞ。