かがいしゃ
口を紡ぐ。
どの国も口を紡ぐ。
加害者の立場になると、どの国も口をつぐんでしまう。
国が、加害者となるコトがある。というより、国というモノが加害者なのが、ヒトの歴史だとも言える。
ヒトは自分の側が悪いとは認めたくない。認めれば保障をし、制裁を受けなければいけない。
そこから逃げる。ずっと逃げ続けている。それが国というモノ。それがヒトというモノ。
逃げるのは仕方がない。逃げるなと言っても逃げるので、その行為は認めてしまう。
ただ、その研究はなされてもイイ。加害者の行動を取りながら、そこから逃げてしまうヒトの心の研究。
その場を、国連の中に作ればいい。
加害者の行為を並べていく場所。しかもそれは被害者からではなく、加害者側からしか受け付けないシステム。
おそらく最初は、どこの国も手をこまねく。逃げたいのだから仕方がない。それも認める。
ただ、少しずつ軽いモノだけでも、加害者の行為が並んでくれば、徐々に増えてくる。
だんだんと、人がしてしまう行為だと、行動だと分かって、逃げずに並べられるようになる。
そこで研究していく。その行為は、本意か、それとも命令か。
やりたかったのか、やりたくなかったのか、それだけでもまるで違ってくる。
そして、加害者と被害者は、ほんの僅かの条件で逆転するコトも分かってくる。
逆の立場に、カンタンに変わる。
研究して、誰もが起こしてしまうことだ分かれば、その行動をしないようにする対策も打てる。
その行動をしない為に、現状の直すべき所も指摘できる。
どこにその原因があるのか。どのような考えが、加害者になる行動を取らせてしまうのか。
国連の中に、研究の場を作って、その結果を報告していく。
危険な状態をランク分けして、改善するようにうながしていく。
加害者になってから、ごまかして言い訳するようでは遅い。加害者にならないように、うながしていく。無駄な過ちをくり返さない為に。研究を深めて、うながしていく。