ひま
ヒマだと不安になる。
不安になるが、意外にみんなヒマを味わっている。
とても忙しい時があると同時に、とてもヒマな時もある。
そのとてもヒマな時というのも、重要で、次へのタメになる。
問題は、次があるか。
次がないのに、タメがあっても仕方がない。
本来はタメがあれば、どんなカタチであれ、次があった。
現在は、カチカチに社会が構成され、柔軟性もスキマもない。
とても自由には、次を作りづらい。遠慮しながら次を探し、やはり見つからないという現実がある。
いつの時代もみんな迷っていた。こんなに迷わない時代も、珍しい。
迷わなくてイイ代わりに、一度レールをはずれると、戻れなくなってもしまう。
せっかくのヒマも、生かせずじまい。ヒマは、大切なリスタートのタイミング。
それなのに、次のスタートが、ふさがれている。閉鎖的で、自己保身が強すぎる。
いっそ、カタチが壊れてしまった方が、次が生まれやすい。大きな朽ちた木を、伐採してしまった方が、新芽は出やすい。
大きな木になりすぎた。社会も、固定観念も、大きくカチカチに成長しすぎた。
もっと未知で、絶望的な方が、次があった。決まり切ったモノが少ないほど、未来は広がる。
迷えるほどの、決まっていないモノが、今の社会には少ない。育ちすぎた。
今のこの贅沢な生活も、潰してしまえばいい。潰さないまでも、原始人の生活に、戻って考えてみたい。
現在のこの状況が、どれほど原始人の生活より、安定しきっているか。
平和で安定しているが、失っているモノも大きい。もっと自由で良いハズ。次があって、良いハズ。
固定化されすぎて、身動きがとれない。ならば、原始人の生活から。そこから始めて、ひとつずつ確認して拾っていけば、次が見えてくる。そう思う。