えすかれーしょん

やま

やま

従来の感覚に、毒されていた。

新政権は、思いのほか意識が高いと分かった。何よりも大切な意識が、これほど高いとは、意外だった。

ただ、大きな山は、すぐ目の前に控えている。

それを越えられなければ、腰砕けになり、停滞する。

ザンネンながら、かなり山を越えることは厳しい。越えられ無い方に、進んでいるように思う。

無駄を省くという方向は、あまり好ましくない。しかも判断基準を持たず、突き進んでいる。これでは迷うだけ。

国民にとって、その一言で、判断基準は出来る。国民にとって、必要かムダか。それだけで、判断はしやすくなる。

国民という基準を入れたい。民主党からは、この大切なひと言をまだ聞けていない。判断をするのに必要な、このひと言。

この国民がなければ、判断が難しくなり、責任は増す。責任が増せば、消極的になり、変革は起こせない。

さらには、準備不足も致命的。最初にやるコトをやらないまま、進んでしまっている。

新政権は、まだ人事と予算を掌握していない。人事と予算を掌握しないままで進めては、チカラ負けする。

ひとつひとつ重たい現状を動かさないと、いけない。膨大な力がいる。さらには、官僚は非協力なまま、見えない妨害をしてくる。

これが、腰砕けになる一番の原因。あまりに重たいモノを動かそうとして、結局チカラ負けする。そうならない為に、掌握は必須条件。

まず、カタチだけでも、全員クビにして、予算を0にし、国の機関を潰す。これで人事と、予算を掌握する。

これでやっと、生まれ変わる下準備が出来る。掌握すれば、そこからは一切チカラを使わなくて済む。

チカラは使わないのは、クビになったモノ達の、生き残りゲームが始まるから。生き残りたいモノは、とても必死。

必死になって説明する。尋ねるコトは、その部署が無くなったら、国民はどう困るか。それだけ。

ココで国民というキーパーツを出す。本当にクビになりたくないモノ達は、必死に説明する。あとは、要るか要らないか判断するだけ。チカラは一切使わない。

新政権には、掌握と、国民というキーパーツが欠けている。それでこの山を越えようとしている。

山が山だけに、かなりの無理を生じている。懸念されるのは、腰砕け。そしてその時の、狼狽。

さらにはマニフェストの重圧。立ちゆかなくなる。立ちゆかなくなった時、もっとも恐ろしいのは官僚に頼るコト。

官僚のごまかしに頼るコト。それをした時、新政権の終わりが始まる。中身が無くなり、体裁だけ整える。

チカラ不足。その一言だけ、重くのしかかり、また、未熟なカタチに後戻りしかねない。

まずこの大きな山。腰砕けにならないように、早い段階での予算と人事の掌握、そして国民というキーワードが出てくるコトを、ただただ切望する。

-えすかれーしょん