ゆるされない
気づかないだけで、許されないコト、たくさんしている。
誰も何も言わない、それでそれがしても許されると、思ってしまう。
許されるコトならばいいが、許されないコトをしても、誰も何も言わないのはよくある。
わざわざ言ってはくれない。それだけのリスクと、手間をかけてまで、わざわざ言わない。
それで許されないコトをしていると、気づかないまま。
仕方ないとも思う。誰も何も言わなければ、わからないままと言うのも、うなずける。
言われるコトに、期待するのをやめてもいいと思う。誰も何も言わないというのが、当然の世の中になればいいと思う。
取り返しのつかないことになる前に、自分で気づかなければならないというルール。
自分で自分の行動を、いちいち判断し続けるルールに変えてもいいと思う。
ただ、それだけではやはり気づきにくいので、目につく所に迷惑行為を提示していく。
自分で気づくように、気づいてもらうように、迷惑行為を感じたら、誰でもそこに書き込めるような場所を作る。
それで、あとは気づかせる。さらに効果的にするために、迷惑を受けている側の、心の声も添えるようにする。
みんな言わないだけで、相当の暴力衝動、殺人衝動を持っている。それも書き込むようにする。
それで、自分のしている許されない行為が、どれだけまわりの敵対衝動を、あおっている危険なことか、より身にしみるコトになると思う。
みんな言わないだけ。腹の中は煮えくりかえっている。それをもう少し、表に出してみる。
そういう書き込める場を作れば、チョッとお行儀がよくなると、そう思う。