子供の巻
若いうちは残酷になれる。残酷というのは、悪い人がするコトではないだろう。ほとんどの人は、悪い人が残酷なコトをすると思っている
もちろん残酷なコトをするのだから、悪い人だろうと思うけれど、そこが少しだけ違う。悪気が無く、残酷なコトが出来てしまう存在がいるという話
子供や若い人の方が、残酷なコトが出来てしまう。しかも悪気はない。正直残酷だと言うコトも分かっていないのだろう
残酷という行為が重要なのではなく、分かっていないというのがこの話の趣旨にあたる。なぜ、分かっていないのか?そこを考えれば見えてくるハズ
分かっていないというのは、未経験というコト。子供だから未経験な事は多い。考えてみれば当たり前なのだけれど、だとするとどうして残酷なコトが出来るのだろう
経験が無いというのは、痛みの経験が無いという事。それで無責任に人を攻撃出来る。それは悪気はなく、接し方が分からないので残酷な行為もしてしまうと言えるかもしれない
子供や若者という表現を使ったが、実はこれは正しくはない。あくまで痛みの経験なので、未経験者ならば年配の人でも残酷になれる
実は年齢は関係無い。若くても子供でも、経験者の側であれば、残酷になる事はない。自分が痛みを知っているから・・・・・・・・・。残酷は知らない所からおきてくる
長い人生は何の為にあるのだろう。残酷でも生きるコトをテーマとして、ガツガツやるというのもありかもしれない。ただ、それだけでは足りない気がする
人の痛みが分かる時期というのがやってくる。自分が痛みを経験する事で、人に優しくなれる時期。実はこれが人生にとって、非常に重要な時間ではないかと思う
とてもかわいらしい子供が、とても残酷なコトをする。当然だと思う。未経験なモノは、とても残酷になれる。その時には自分が逆の立場になる事など、考えもしない
いろんな経験の後、逆の立場になる事で、自分がしてきたヒドイ事にも気づけるし、もう残酷なコトをする事もなくなる。人は、痛みをコレクションするコトで人に優しくできる
おそらくは、痛みを沢山経験して、ヒトになれるのだと思う。どんなに成功していたとしても、残酷なままだったら、人とは言えない
人とは言えない人と、優しくなれる人がゴッチャにいる社会で、自分の立ち位置や振る舞いは難しい。それでイイのだと思う。いろんな先生がいる。優しい人も残酷な人も、みんな先生なのだろう
その中で今日自分はどう生きようか。それが毎日問われているような気がする
2008年1月の月間大賞を発表します!!1月の月間大賞は、死のない世界 越えてから チームでした!!って一月の週間トップ全部じゃん!!そうなんですよ、みんなそれぞれ良いんでね。全部にしちゃいました!!こんなんもいいんじゃね。ってコトで月間大賞の発表でした!!