どこまでもの巻
※新ネタだよ!!まいどありっ!!
<冷たくは、安易。沢山経験をする事、余裕ある安定した生活をするコトは、人に対して思いやりを持てる条件と言える>
人って、結構残酷なコトが出来る。何でそんな残酷なコトが出来るのか。その答えが見つかるのなら、ダレでも知りたいと思うハズ。というコトで、残酷なコトが出来る場合の共通点などから、その答えを探ってみようかと。うさ・・・・・・・・・・・
憂さ晴らし。憂さ晴らしをする。自分の中に苛立ちがあって、それを弱い者に向ける憂さ晴らし。やり返してこない対象に向けて、痛み与えるコトで自分のバランスを取り戻そうとするやり方。・自分ばかりが損をしているという不平等感から、弱い者にぶつけてしまうんだね。るーぷ・・・・・・・・・・・
ループする。繰り返しループする。弱い者から、もっと弱い者へ。憂さ晴らしはずっとループする。自分を保つ為とは言え、とても虚しい行為。・憂さ晴らしをしてもホントの解決には繋がらないんだけど、やらずには居られないんだね。しらない・・・・・・・・・・
知らないパターン。もう一つが知らないパターン。これは自分が未経験で、何も知らない場合に起こる。知らないで解決を急ぐと、時として残酷になってしまう。・知らないのに解決を急ぐって、確かに危険なニオイがするね。げんじつ・・・・・・・・・・
現実感。痛みが伴わずに、現実感がない。経験をしていないので、情報として知っていたとしても現実感がない。それで判断を求められた時に、平気で残酷な決断が出来てしまう。・経験もないから、自分のコトとして感じられないワケだね。つめたく・・・・・・・・・・・・
冷たくなれる。現実感がないと、どこまででも冷たくなれる。自分とは違うモノに対して・・・・。つまり自分は絶対安全圏に居て、自分とは違うという線引きをする。線引きをした後の判断は、とても残酷になる。・自分と違うって言う線引きの段階で、切り離しちゃってるから危険なんだね。ひと・・・・・・・・・・・・
判断する人。どういう人を判断する人にするべきか。今までの内容をまとめると、判断するべき人の条件は、憂さ晴らしをする必要のない安定した状態にいて、切り離す事のない同じ経験をした人となる。・いろんな判断をしないといけない人がいるけど、その人の条件って実はとても重要なんだね。あんい・・・・・・・・・・・
安易な方法。憂さ晴らしも切り離しも、安易な方法。人はどうやら安易な方法をとってしまう。そうならない為には、いろんな経験をしないといけない。そしてある程度余裕があって、安定していないといけない。そうじゃないと人は、結構人に対して残酷なコトが出来てしまう。なので、安定と経験は判断する人の最低条件にしたい。と言うのを今日の結論としましょう
冷たくは、安易。沢山経験をする事、余裕ある安定した生活をするコトは、人に対して思いやりを持てる条件と言える
なるほどね。残酷なコトが出来るって、憂さ晴らしと経験不足なんだね。それで、判断を焦らされなんてしたら、安易で残酷なコトが出来ちゃうね。確かにいろんな残酷なコトって、憂さ晴らしか経験不足から生まれてくる。そう断言してもイイように思うね。そうか、それを答えと言ってもいいよね。なので、残酷なコトを生まない為にも、沢山経験して、余裕を持てる生き方にしようってコトなんだろうね。はい、分かりました。今日も大納得でございます。では明日に繫ぎましょう
明日は、『原点』というタイトルで、凌駕するについて考えてみる新ネタです。お楽しみに〜〜〜〜!!