勝手に掘り下げワ〜〜〜〜ルド

じゆう

強制の巻

政治・経済哲学・思想今日は、2006・5/31の記事自由を再構築していきます

<自由は、戒め。人類の歴史は強制の歴史。その強制を封じ込める武器として、自由は存在する>

今日はこのブログでも何回も取り上げている、自由と強制の関係。その原点となる記事を、再構築していこうと思います。意味合い的には、おさらいのような物ですね。ではやっていきましょ。チカラ・・・・・・・・・・・・・

チカラある者。大昔から、チカラある者がルールを決めてきた、それが人類の歴史。チカラ無き者は、それに従う。そのカタチは、長年にわたって当然のように守られてきた。・そのチカラに依存するコトで、チカラ無き者は自分を守ろうとする智慧でもあったワケね。横暴・・・・・・・・・・・・・・・・

横暴になる。チカラの関係が固定化してしまうと、チカラある者は横暴になる。あまりの横暴さに、依存していたチカラ無き者の気持ちも、離れて行ってしまう現象が起きる。・守って貰えるから依存しているのに、危機を与える存在になったら、そりゃ離れるね。形式・・・・・・・・・・・・・・・

形式化。実力の社会であれば、不満は起こらない。が、人間社会の場合、代が替わる毎に形式化していく。そこは実力社会ではなく、形式社会。・チカラの裏付けが、どんどん無くなっていくのが、形式の特徴だね。潰す・・・・・・・・・・・・

握り潰す。形式化の中では、都合の悪いものは握り潰される。真実は歪められ、闇に葬り去られる。こうなると末期で、人々の不満は最高潮に達する。・形式はある程度は続くけど、そのうち崩壊するんだね。上下・・・・・・・・・・・・・・

上下関係。形式上の社会は、チカラのある無しではなく、上と下の関係。上の者が下の者を支配する仕組み。形式なので、チカラ(能力)無き者も上に立つと言うコト。・能力無い者はしくじりも多いから、それ握り潰す為に真実も歪めるよね。強制・・・・・・・・・・・・

強制する。都合良くというのは、強制する事でもある。上の者都合で、下の者はいろいろ強制される。人類の歴史は強制の歴史。ずう〜っと長い間、上の者が強制してきた。・強制って言うのは、利用するコトでもあるね。最近・・・・・・・・・・・

やっと最近。強制しなくなったのは、最近のコト。それ以前はずっと強制してきた歴史。人類にとっては、強制しない方が不自然。現代は、ある意味不自然な状態にあるのかもしれない。・最近になってやっと、ご都合で利用されなくなったって事か。自由・・・・・・・・・・・・・・・

自由になる。強制されないのが自由。好き勝手やってイイというコトではない。ご都合で利用されなくて、よくなったというコト。人間は強制してしまうので、自由によってそれを戒めている。・自由は自然にあるのではなく、どちらかというと不自然なんだね。戻る・・・・・・・・・・・・

昔に戻る。気をつけないと、強制する昔に戻ってしまう。人間が長年続けてきた、強制するシステム。どちらかというと強制の方が、人間には自然。意識して自由を使わないと、強制の昔に戻ってしまう。・自由の居心地の良さは、当然ではなく、守っていかないとイケないモノなんだよね。ペア・・・・・・・・・・・・・・・

ペアにする。自由を使う時は、そのペアとして強制も置いておきたい。強制と自由はペアであり、相反するモノ。自由は強制する人間を戒める為の道具。しっかりと戒めとして認識しなければ、自由の意味が揺らいでしまう。自由は自分の為でもあるが、自分以外のヒトの為でもある。つまり自分が、強制をしない為に守らなければならない、ルールでもある。他のヒトに強制しない為に、自分を戒める道具と言うコトも、認識する必要があるというコト。それを今日の結論として締めましょう

自由は、戒め。人類の歴史は強制の歴史。その強制を封じ込める武器として、自由は存在する


なるほどね。7年前から、結構ちゃんと書いてるもんだね。説明不足で不親切かもしれないけど、一本筋が通ってる。自分の書いたモノなんて、全然ダメだと思ってたんだけど、まんざらでもない。その時その時に、一生懸命やってるモノって、ちゃんとしてるんだね。今日の自由と強制についてのブログも、7年後見ても満足出来るかな。そんな先のコトは分からないけど、とりあえず明日に繫ぎましょう

明日は、過去記事をベースに、再定義していきたいと思います。お楽しみに〜〜〜〜!!

-勝手に掘り下げワ〜〜〜〜ルド