勝手に掘り下げワ〜〜〜〜ルド

つけあがる

許すべきかどうかの巻

哲学・思想

<つけ上がるは、誰しも。みんな王様の世の中。自分だけと信じて、王様の振る舞いをするのはマヌケでしかない>

うわっ!最悪。誰もがそう思うのが、つけ上がってる人だろう。男でも女でも、つけ上がってる人間は本当に大迷惑。王様の振る舞いで、ワガママを通そうとする。そんな人が自分の近くにいたら、そう考えただけで震えてしまう。自分・・・・・・・・・・・・・

その自分。もし自分が、そのつけ上がっている人間になっていたら。それを気づかないで、振る舞っていたらどうだろうか。つけ上がっている人間ほど、自分がそうなってるって気づいてないからね。どこまで・・・・・・・・・・・

どこまでつけ上がる。つけ上がると言っても、その限界はどこまでだろうか。どこまで行ったら、やめようと思うだろうか。正直、つけ上がるの限界はない。やってイイと思うと、どこまでもってコトだね。低姿勢・・・・・・・・・・

相手が低姿勢。どうやら相手が低姿勢であれば、どこまでもつけ上がってしまうと言うのが人間。昨日のブログでも書いたが、低姿勢の相手には、何をしても良いと勘違いしてしまうらしい。サービスと実際との区別が、つかないんだね。体質・・・・・・・・・・・・

そんな人間の体質。つけ上がってしまう体質を、許すべきだろうか。それを許して、みんなの幸せや利益に繋がるだろうか。許すべきじゃないけど、体質だったらみんなが多かれ少なかれ、持っているのは事実でしょ。抑える・・・・・・・・・・

どう抑えるか。つけ上がる体質は、誰も幸せにしない。嫌な思いにさせるだけの迷惑行為。ならばその振る舞いを抑えなければイケナイ。さて、つけ上がっている人間をどう抑えるか。勢いづいてる人間抑えるのは、言うほど簡単じゃない。王様・・・・・・・・・・・・・

まるで王様。なんでも言いなりに出来る王様。なんでも言いなりに出来るというのは、周りのヒトの主体性を奪っている状態。当人はそれに気づかず、王様のように振る舞い続ける。厄介だけど、そこそこ見る光景でもある。幻想・・・・・・・・・・・・・

幻想が覚める。王様の夢から覚める時がくる。ずっと王様ではいられない。周りが言いなりになったとしても、それは本心じゃない。それに気づいて全部ウソだったと分かる。気持ち良い状態って、ウソなんだよね。演技・・・・・・・・・

低姿勢は演技。周りが低姿勢でも、それは演技で本心ではない。本心で人は低姿勢にならないってコトかもしれない。人は本心では王様だから。ホントはみんな王様なのかもしれないよ。崩壊・・・・・・・・・・・

王様崩壊。たとえ、王様のように振る舞えたとしても、それは一時でしかない。つけ上がって、王様気分は味わえるかもしれないが、それは本当の世界ではない。そりゃそうだ、この世界にいる人は全員王様だから、おつきあい程度で王様やらせてやってるだけ。勘違い・・・・・・・・・・

自分だけは勘違い。自分だけが王様だと思っているのが、勘違い。実は全員が王様。それが表面化しないだけ。つけ上がっても構わないが、いずれ叩き落とされる。歴史見ても、叩き落とし合いは多い。マヌケ・・・・・・・・・

本当の姿はマヌケ。みんな王様なら、本当の姿である王様を晒すのはマヌケ。王様の要素を持ちながら、それを晒せないのは皮肉だけど、そういうモノ。つけ上がりは、やっちゃうけど、自分だけという勘違いが生むマヌケな行為。認識・・・・・・・・・・・・・

共通認識。みんな王様というのを共通認識として、持った方がいいのかもしれない。そうすれば、自分だけが特別という、人間がずっとしてきた勘違いも、防げるかもしれない。そこからくる迷惑行為も、防げるかもしれない。みんな王様。そんな世の中に生きてるってコトで、それが真実ってコトで諦めるしかないでしょう。というのを今日の結論として、締めましょう

つけ上がるは、誰しも。みんな王様の世の中。自分だけと信じて、王様の振る舞いをするのはマヌケでしかない

そうか、みんな王様なんだね。それを自分だけだと思っちゃうから、つけ上がった振る舞いをしてしまう。一時の気持ちよさを味合わせる為に、王様気分にさせてくれる所があったとしても、それは本心ではないから鵜呑みにしない方がいいよってコトですね。確かに、無責任に持ち上げてくる人もいるからね。持ち上げられても、ウソなんだなって、冷静で居たいモノです。という事で、明日

明日は 『両雄』というタイトルで、世の中に欠けているモノについて考えます。お楽しみに!!

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