許してはいけない甘えは?
<毒は、ミスマッチ。必要のない甘えは、堕落を生む。それは誰も望まない、不幸>
先日のこのブログで、現代には『甘え』が足りないと書いた。それについて、訂正するつもりはないが、甘えにも種類があるような気がしたので、今日はその事を。毒・・・・・・・・・
いわば、甘えの毒の部分、これを解明してみたい。甘え自体は、お互い様で安心にも繋がる。人間性の根本の要素と言ってイイので、無いと困る。それは間違いない。ただ、毒の部分もあるという事。使い方・・・・・・・・・
使い方によって、甘えは毒にも薬にもなる。今回は毒となる使い方を、考えてみる。甘えと言って、真っ先に思いつくのが子供。子供の甘えを、どこまで許すか。そこから当たってみる。出来る・・・・・・
その子供が出来るのに、甘えを許す場合。能力的には充分備わっている。それでも、甘えさせるというのは、機会を逃してしまう。やるべきコトが出来無くなる甘えは、成長の機会を奪う。幼い・・・・・・・
成長の機会を奪われた子供は、いつまでも幼いまま。これは子供に限ったコトではない。大人でも同じ。甘えすぎると、いつまでも幼いままになってしまう。本人も、それを求めてはいないハズ。適切・・・・・・・
適切に、経験をさせる。機会は奪わない方がイイ。成長するべき時があるので、キチンと経験させる。その時期を見極めるのは難しいので、何でも経験させるという事で、イイように思う。大人・・・・・
では、大人の甘えはどんなコトが、毒になるのだろうか。大人の甘えで多いのは、強者の甘え。強者はそのチカラを使って、自分に有利になる事をする。この甘えを許せば、堕落していく。甘い・・・・・・
そもそも、強者に甘い体質がある。上の人や、強い人には、とても甘い。甘やかす傾向にある。儒教の教えかもしれないが、これでは上がダメになる。強者がただ堕落しかしない。誤り・・・・・・・・・・
甘えというのは、マイナスの人間が使ってイイものであり、強者が使うのは誤り。その場合は、堕落にしか繋がらない。立場やチカラは、甘やかされる為にあるワケではない。強者が使えば毒になる。見合った・・・・・・・・
強者は、そのチカラに見合った務めをする。その機会を奪ってはいけない。強者は、更なる高みを目指さなければ、成長しない。強者も、成長するべき。で、無ければ堕落し、幼稚になる。ミスマッチ・・・・・・・
どうやら、その人の能力とミスマッチになった甘えは、毒になっている。必要な場合に限り、甘えてイイもの。甘えるべき時に甘えるべきもの。甘える必要のないものを、甘えさせては成長を止めるだけ。成長のチャンスを、逃すだけ。望まぬ結果・・・・・・・・・
甘える状況を誤れば、望まぬ結果になる。甘えの効能が出ないばかりか、毒として作用してしまう。その毒は、人を不幸にするもの。本人も不幸にするもの。甘えはあくまで、マイナスの境遇の人が、受けるモノ。それを今日の、結論として締めます
毒は、ミスマッチ。必要のない甘えは、堕落を生む。それは誰も望まない、不幸
確かに、上の立場の人を甘やかす体質は、あるんだよね。それって不幸。誰も幸せにならない。で、弱い人の甘えは、否定するみたいなね。本当は甘えて良い人だけ、否定。あべこべなんだよね。強者の甘えを、否定しないと。そんなあべこべな世の中なんですよ。そんなモンなんです。だから、なんとかしたいな〜って思ったりしながら、明日です
明日は『リスタート』というタイトルで、福祉について考えます。お楽しみに!!