かたちないもの
というタイトルで、価値の創造について考えます
形あるモノ
形あるモノから、形ないモノへ。これからの価値の創造
明治以後の工業化の推進は、現代の日本を作りあげる、的確な選択肢だった。ただ、その選択肢のままでは、通用しにくくなっている。そんな大転換期の中でするべき事は、形ないモノへの、価値の創造だと思う
今までは、工業化。つまり形あるモノの時代。形あるモノ、製造業が日本の経済の大黒柱だった。それが大転換期によって、揺らいでいる。おそらく大黒柱ではいられない。他の柱で支えてあげなければ、ならない状況が来ている。製造業が全く消えてしまうコトはないけれど、かなり細ってくるのは確実。製造業は、人件費の安い外国を転々とする
その中で、これからの日本を支えるべきモノを考える必要がある。製造業は形あるモノ。形あるモノというのは、その物が持つ性能が雄弁に価値を語ってくれる。つまり、良いモノを作れば、それ以外の所で価値をつくる必要は無かった。でも、製造業が細っていく今の状況下では、そんな悠長な事は言っていられない
今までは、形あるモノ。つまり生活の基礎となる部分を支えるモノ。それが、経済の大黒柱だった。でもこれからは、形ないモノ。形ないモノというのは、生活の基礎が十分出来た、その次の段階。それを、構築するべきだと思う。ただし、形ないモノというのは、価値を創造しなければいけない
価値の創造というのは、今まで日本がまるでやって来なかったモノ。交渉や、代理人や、プロデューサーが必要になる。価値を創造するには、概念を作りあげ、丁寧に説明し、それに値段を付けていく作業。形あるモノを作る製造業と違って、自分の口で説明して作りあげないといけない。その時必要なのが、相手の納得
相手の納得は、最低でも相手の事を分かっていないといけない。相手が分かって、さらには未来も分かる。そして形ないモノがどれだけ役に立つか、シッカリと示さなければいけない。これは日本人には全く苦手なモノ。ただ、やらなくてはイケない。なぜなら、もう製造業にだけは頼れない状況にあるから
何もしなければ失業者が増え、産業は細っていく。相手のコトをよく分かって、先回りして丁寧な準備をする。それが新たな産業。それをしなければ、経済的には厳しくなるだろうと思う。形ないモノというのは、どんなモノでもイイ。実は日本の中では、それも充分資源として存在している。それを掘り起こせばイイだけ
今までは無価値だったモノを、価値あるモノに変えていく作業。素材や資源は眠っている。活かせていないだけ、見ていないだけ。これからは形ないモノの方へ、移行させていく必要がある。今までの産業に、しがみついては先細るだけ。現在でも充分にある。それを活かせばいい
職人や技術者が黙々と、形あるモノを作っていた時代。その全てが消えるワケじゃないけれど、かなり厳しくなる。相手を知って丁寧に交渉し、代理人になって穏やかに説明し、価値を作りあげる。それは言葉と心と頭脳でするモノ。気づかいや、先見性で構築するモノ。価値ないモノを価値あるモノに
誰でも出来て、誰もが出来ない仕事。それが日本を支える。感触のある形あるモノと比べると、心もとないけれど。まるで空気のようにつかみ所のないモノから、価値を構築させる作業だけど。だからこそ未開拓の新天地がある。と言ってイイと思う。そこをこれから目指すべきでしょう。うん。今日はこんな所で締めましょうかね
形ないモノは、新天地。今まで価値のないとされていたモノを、価値あるモノへ。主体から、アシストの強化というコトでしょうか
そうか、形あるモノは主体だけど、形ないモノはアシストか。確かにアシストの部分は弱かったように思う。ペラペラ喋るより、仕事を黙々とこなす方が価値があったからね。でも経済の形態が変わったから、アシストの強化も必要だよね。それで掘り起こし。というコトで、明日です
明日は『国民が求めるモノ』というタイトルで、行政や政治の在り方について考えます。お楽しみに!!