今日は、自分のコトをチョッとね
まよい
違う
他のヒトと考えが違う。あまりにも違うので、迷ってしまう
今日は申し訳ないが、わたくし事。私の考えが、あまりにも他のヒトと違うというコト
思うのは、間違っているのではないか。そして異常なのではないか
みんなとかけ離れて、一切交わらない。とても不安
みんなと同じ考えなら、とても安心。ただ、それはあまり好きじゃない
なので、しょうがないコトなのだけど。自分で望んでることなのだけれど
実際は、かなり時間をおいて、私と同じ考えになってくれる。最終的には、同じ答えになる
めちゃめちゃホッとする。自分が正しかたって、安堵出来る
だいたいみんな自分が、普通だと思っている。私も、自分が普通だと思っている
なので迷う。みんなから離れるほどに不安になる
みんなと同じであるコトの安心と、不満。間違っているのに、みんなと同じだからという理由で安心したくない
それで、他と離れるのだけれど、やはり不安ではある。自分は異常であるという、ポジションにつく
私は少数派。多数派が正しいワケではないが、多数の人から異常と見られるのは確か
みんな自分が正しいと思うワケだから
異常だと思われるリスクを冒して、その場に立つ。誰も来ないそのポジション
誰も来ない。早すぎるってコト
でも誰か始めの人が居ないと、ゼロ。閉ざされてしまう
最初の1。1は不安になるってコト。集まりがあって、一番乗りして喜んでも、そのあと誰も来ないと不安になる
そんな不安と一緒。異常だと思われるし、揺らがない信念があっても、グラつく
迷いは出てくる。おそらく最初の人は、みんなそうなんだろう
二人目が出てきてくれれば、次々増えていく。1から2にするまでの時間が大変
2がなければ、おそらく廃れる。2の重要性。2の安心感
2というのは、一番乗りでもなく後追い。おいしくない。その上に勇気がいる
誰かそこに居る所に、自分も行くのはどことなく恐い。それをする2人目の勇気
結局一人で辿りついても、重要なのは二人目。二人までが賞賛されるべき存在
発明家がいて、理解者がいる。理解者がいれば、可能性は広がる。迷いもなくなる
賞賛されるべきは、発明者と理解者
このブログにも、ずっと見てくれているヒトがいる。その理解者の方には感謝したい
どんな方かは知らないけれど、ありがたい存在。そのヒトに支えられて、続けていられる
決して見られないけれど、大切な存在。理解者によって、孤独はなくなる。迷わなくてもイイ
そうか。迷わなくて良いんだ。理解者はいてくれる。異常と思われても、貫いていける
これからも、異常と思われる方に。まだまだ解明するコトは沢山ある。明日からも、バッチシやっていこう
迷いは、不安。一番乗りは不安。二番目が来て安心。発明者と理解者。両方あって、後世に残っていく
迷いが消えた。そうだ。私には理解者がいる。勇気が要るコトなので、コメントとかのやり取りはないけれど、それでも見てくれている。ちょっとだけ、ふてくされながらやっていたこのブログだけど、理解者は確実にいる。迷いが晴れたので、どんどんやろう。バンバンやる!!こうご期待!!・・・・・やれる。(多分)