やむ
順調ではない。
予定もたたない。
病むと”今まで”と同じ未来に、なってくれない。
今まで通りにいきたい。それは慣れているので、ラク。
病むとそれが許されない。強制的に、伸びていると思われた未来の連結が切り替わる。
状況によっては、動くコトすら許されない。
何も出来ないという、無力さを味あわされる。
病むというのは、どういった変化を起こさせるのだろう。
未来が変わっている。その時点で、今まで通りにいかない。何かを変えなければイケない。
すぐ変えられる場合もあるし、常態化して長引く場合もある。
常態化すれば、それをずっと味合わなければイケない。
すると、まわりの人間関係も変わってくる。役目が違って来るのだと思う。
それは周りを成長させる。病めば荷物を持てない。その分を周りが持つしかない。
それは周りの役目を変え、周りを成長させる。
常態化した場合は、役目が変わったというコトかもしれない。
失敗すると臆病になる。病んでも臆病になる。
記憶が、行動にブレーキをかけるから。
とすれば、病んだ記憶がなければ、ブレーキが掛からない。ブレーキが掛からないモノは、とても危険。
失敗したり、怪我をしたり、病んだりするのは、自分をコントロールする上でとても大切。
アクセルとブレーキを使いこなせるようになる。
一時的に病むのは、ブレーキを使えるようになれと言うコトかもしれない。
病み方もいろいろとあるが、ひとつがうまく行かなくなると、他が成長するコトもある。
全てのヒトが同じ成長過程を辿っても、かち合うだけ。無駄な争いが多くなる。
そこで、特徴をつける。出来ないコトの引け目から、その不足分を取り戻そうと、違う所で努力する。
違う所が力をつけると、それはその人の特徴になる。
その場では、病むというマイナスでしかないが、それは自分を特徴付ける大きな転機かもしれない。
一度転機を迎えないと、その先があまり良くないのだと思う。
アクセルを踏んだままでは、救いようのない失敗をしてしまったり、能力がかち合ったり。
ま、全てが順当にうまく行くわけではないけれど、長〜い目で見れば、それなりにうまくいっている。
自分が病んで、周りの役目も変わる。周りも実は、成長させている。成長せざるを得ない環境で、成長する。
病むというのは、軌道修正。病んでも良い。どうなっても、一生懸命生きる。それで、道は拓けていく。
どうしても短いスタンスで判断してしまうが、もっと長いスタンスで眺めた方が正解。
病むは軌道修正。自分の役目が変わったり、今までと違う努力をしたりするべき時。落ち込むより、なすべきコトを探してみる。