そうおう
奇跡は何度も起こらない。
順当すら、ずっと続く保障はない。
そのヒト相応のモノを、求められる。それは、いつも出てきてくれるとは限らない。
ヒトは人に期待してしまうモノ。
期待よりも、出てきたモノが水準が低ければ、とてもガッカリする。
それは、その本人も分かっている。
一番良かったモノを期待されて、本人もそれを出そうと懸命に振り絞っている。
ただ、出てきてくれるとは限らない。順当なモノでさえ、出なくなってしまう時もある。
それはスランプという言葉で表されるが、誰でも起こるコトなので、平凡な日常の中の一つと言っても、良いかもしれない。
本人も、振り絞って出そうとしている。ひとつ出してはそれを否定し、更なるモノを出そうとする。
それでも、何も出てこない時もある。
あまりに期待が大きくなると、この何も出ない時、追い詰められる。
期待される、本人も出したい。それでも出てきてくれない。さて、その時どうすれば良いというのか。
出ないのは日常。出てくるのが異常で、奇跡。
ヒトが期待するモノなので、良い意味で異常なモノと考えてイイ。これがいつでも出るのは、奇跡。
まず、奇跡は続かない。ガッカリさせるのは、仕方がない。裏切ってしまうのも、やむを得ない。
期待されるようなモノを出せるのなら、裏切ってしまうのも覚悟する。
影響力が大きい方が、期待も裏切りも大きい。どちらも放っておけばいい。
ヒトの反応などは関係ないハズ。適当にあしらえばいい。
それよりも、良いモノを出そうとする自分。これに向き合い続ければいい。結果などは、どうでもいいコト。
やるべきは、良いモノを出し続ける。そこに自分を向かわせ続ければいい。
相応はヒトの判断。意識をヒトに注いでは、見間違う。すべきは、良いモノを作れる自分であるかの確認。