きんし
してはイケない。
それをしてはイケない。
社会の中で、禁止というのはとても沢山ある。
どうしてここまで、してはイケないコトが多いのだろう。
もしも、禁止が無くなった場合、ヒトはどのような行動をするだろう。
禁止されるコトというのは、迷惑がかかるか、危険が生じる物。
この危険や迷惑が生じるコトが分かった上でやる場合、それは甘く見ている証拠。
甘く見ているので、いざ迷惑をかけたり、大怪我を負った時、こんな筈じゃなかったと嘆きだす。
禁止があるコトで、ある程度の歯止めにはなる。それでもやる頭の悪い人間は、仕方がない。
問題は、迷惑や危険に気がつかない場合。禁止としてあれば意識するが、それがなければ気づかない。
気づかないまま、被害を出してしまうコトになる。
これは非常に多いように思う。とくに初めての場所、見知らぬ場所では、何がどう危険なのか分からない。
禁止という表示がなければ、カンタンにその一線を越えてしまう。
禁止は、身を守ってくれる、守り神とも言える。
ただ、本来ヒトは自由でなければイケない。迷惑や危険ならばいいが、ダレかの利益の為だけに、禁止をするのは問題がある。
禁止はヒトの行動を、コントロールするコトは出来るが、何でも勝手に操ってイイ訳ではない。
あくまで禁止は、そのヒトを守る守り神。手足を縛って、イイなりにする鎖ではない。
禁止は、思いやりを含んだ、一線。安全と危険を隔てる、強靱でやさしい壁であるべき。