えすかれーしょん

さんどうしゃ

さんどうしゃ

価値が無いもの。

低く見られているモノ。

価値が低く見られたり、無いとされているモノも、賛同者がいれば途端に違ってくる。

「わたしはそれが好き。」という、賛同者がいるだけで、様子がコロッと変わる。

それが好きという言葉自体、価値が無いと思っているヒトにとっては、意外なモノに違いない。

自分の判断では、価値が無いもの、低いモノのハズ。それを好きという人がいる。

その意外性から、考えがグラついていく。

みんな、自分の考えは正しいと思っている。それを裏切る好きという発言。自分の考えは間違っているハズがないと、ふたたび確認する。

そのヒトと自分では、見ている場所が違うのか、それとも評価する価値観が違うのか、洗い直さざるをえない。

ヒトは一面を捉えて、物事を判断している。そのモノに、違う面があるとは思っていない。これは固定観念がそうさせる。

評価自体も、自分と他人は同じだと思っている。これも固定観念。

この見ている場所の違いや、評価の違いという、固定観念を打ち破るのが、好きという賛同の表現。

世の中は固定観念で、カチコチになっている。これはちょっとやそっとでは壊れない。

そこにくさびを打ち込むのが、好きという表現。他のヒトと違う評価をするのは、勇気が要るコトかもしれない。

ただ他のヒトも、本当はなんとなく違うなと思いながら、固定観念の世界で生きているのかもしれない。

言葉一つで世の中が変わるとすれば、それほど面白いコトはない。その言葉こそ、”好き”という賛同の言葉。

兵力も、権力も、財力もいらない。ただの言葉が、カチカチの固定観念に、ヒビを入れていく。

世の中は個々のヒトが作っている。固定観念などは、なおさらそう言える。

好きという賛同の表現は、その固定観念を壊す、魔法の言葉。個人が持てる最大のチカラ。

個人でも、とても威力のある大魔法が使える。それが、賛同の“好き”。その一言。

-えすかれーしょん