りょうど
土地。
結局、土地。
土地の奪い合いで、戦争は起こる。
宗教戦争とか、何だとか言っても、結局原因は、領土争いのみと言っていい。
領土は排他的で、他者を寄せ付けない。それだけに、自由が保障され、そこに様々を築くコトも出来る。
領土の上に統治が乗っかり、そこを法が仕切る。法に仕切られて流れがうまれ、その中で生活をするコトになる。
領土を奪われるというコトは、従来の生活も奪われるというコト。
生活が奪われれば、生きる保障というのも、怪しくなる。であれば、やはり排他的で、領土を守った方が、良いコトになる。
では、生活を保障するという、条件ならばどうだろうか。
それならば、統治者や法が変わるだけ。しかも生活は保障される。悪くない。
ただ、生活の保障と言ってもいろいろあり過ぎる。生活のいろんな活動は、土地の上に築かれたモノの上に成り立つ。
その活動や、築かれるモノの保障もなければ、生活出来ない。
それでは、それも保障、というより従来通りでイイとする。ならばどうだろう。
それならば、誰が統治しても、生活にそれほどの支障はない。
どうやら、領土をとられても、生活の活動が脅かされなければ、問題はないと言える。
逆に言えば、領土をとられなくても、生活の活動を脅かされるようなコトがあれば、それは一大事になると言える。
領土の取り合いで、戦争になり殺し合いになる。ただ、重要なのは生活で、それを脅かす行為が、一番の悪だと言える。
ヒトは、過去から何千年も、領土の奪い合いで、飽きもせずに戦争をしてきた。
それは、統治者達の勝手で、生活の活動を妨げる行為に、一番の原因があると言える。
何千年も、領土などに縛られているが、生活の活動が保障されれば、そんなモノどうでもイイ。もう、領土に縛られなくても、よくなるかもしれない。
ま、これからもかなりの間、土地に縛られ、領土に縛られるだろうけれど。その段階も、そろそろ越えていいような気がする。