しがらみ
それで出来ている。
社会は、それで出来ている。
ヒトの社会自体のコトを、しがらみというのかもしれない。
広がる空間、足場にしているモノ、すべてよくよく見ればしがらみと言える。
そのくらい、世の中はしがらみで出来ている。そのために、なかなか変わりづらい。
そういうモノだと、思ってしまう。
何の不審もなく、そういうモノだと思って、何十年も何百年も、引き継いでしまう。
当たり前という認識で、ずぅ〜っと渡されていく。
良いや悪いではない、そういうモノ。疑いようのない、疑いの対象にもなっていない、存在がしがらみと言える。
どんなに問題が起こっても、症状が出ても、気づかない。
長く続くモノほど、それは言えるコト。まさか、なのだといえる。
まさかの中に、本当に変えるべきしがらみが、潜んでいるような気がする。それは、しがらみではなく、社会自体と思われているのかもしれない。
それだけ根深い。根から洗っていかないと、気づかないコトかもしれない。
根から、ゼロから見なければ、見つけられないモノかも知れない。
社会に両の足をつくヒトにとって、ゼロからというのは恐いコトなのかもしれない。
私にとっては普通だが、他の人は、ゼロからというやり方は、怖さを含んでしまうのかとも想像する。
社会を捨てる覚悟がなければ、ゼロから作り直すというのは恐いし、とてもオオゴトになってしまうのかもしれない。
ま、実際には作り替えるだけなので、コワいと思う必要はないし、ダメだったら元に戻せばいいだけのコト。
恐いと感じるのは、取り越し苦労に過ぎない。
もともと社会はヒトが作ったモノ。ならばヒトがそれを作り直しても、まるでモンダイはない。
時代とともに状況は変わる。状況が変わっても、社会が変わらないのでは、逆に不自然になる。
変わりゆくべき。しがらみを乗り越えて。修正していく。まるまる作り替えるのも良し。ダメなら元に戻すだけ。それだけのコト。