かす
約束で成り立っている。
この世の中は、たくさんの約束事で、成り立っている。
お金も約束事で、モノと交換で、お金という紙切れを渡すコトになっている。
このお金を、貸すというのはどういうコトだろう。
もちろん貸すと言っても、そのまま返せばいいわけではない。利子を付けて返す。つまり増やして返すコトになる。
お金というのは、そのまま放って置いて、増えるというコトは絶対に無い。
増やそうとしなければ、増えるコトがない。
増やす為には、モノを介して、お客さんからお金をもらうしかない。
まず、お客さんが欲しがるような、モノを用意する。タダでモノを用意できるコトは、ほぼ無いので、お金を払ってモノを用意する。
それを欲しいヒトを見つけて、用意したお金より高く売るか、より魅力的なモノに作り替えて、高く売るコトになる。
モノを用意する為にかかったお金より、高く売れれば、元のお金より増やせるコトになる。
全体で見れば、お金はいずれ増やして返さなければイケない。とすると、どんどん流通するおカネは、減ることになる。
そうならない為には、また借りるという行為を、するしかない。
借りる時には、返せる見込みが必要。モノを用意して、それをお客さんに買ってもらえる、見込みが必要になる。
その見込みが弱くなるほど、ヒトはお金を借りなくなってしまう。そうなると、流通するおカネは減っていく。
流通量がちょうど良くて、沢山のヒトがお金を借りた場合は、流通量が増えすぎてしまう。
なので、お金を借りるヒトが、多い時。つまり、モノがどんどん買ってもらえる、需要が多い時は、流通量を減らすように、金利を高くしたい。
逆にモノが行き渡って、需要が少なくなった場合は、借り手も少なくなる。これではお金の流通量が少なくなる。
モノが行き渡る世の中になった時には、意識して、お金の流通量を多くする必要がある。
この時、金融機関が流通量を多くする能力がないのであれば、他の方法を考えていくしかない。
また貯蓄傾向が強い場合には、金融機関にお金が行く。
金融機関が、流通量を増やす方に向いているならば、そのままでイイ。でもそうでないなら、規制をを厳しくして、流通量を増やす方向に導きたい。
もしくは、貯蓄を吐き出させるように、仕向けたい。
そうしなければ、流通量は上がらず、金融機関主導の不明瞭な、マネーゲームの経済が出来上がってしまう。
金融機関はあくまでも、お金を流通させるコトが仕事。お金を貸して、回すコトが仕事。
本来、金融機関がお金を増やす為のマネーゲームなど、するべきではない。
というより、金融機関はお金を貸すコト以外、するべきではない。それ以外の投資などは、別の所がやるべきモノ。
切り分けないとイケない。金融機関に好きにやらせすぎた。
お金を預かって、他のヒトに貸すのが金融機関。お金を預かって、投資するのは別モノにする。
預金者も、他のヒトに貸す金融機関と、投資する別物と、どちらにお金を預けるか分ける必要がある。
現在までの金融機関は、とてもルーズ。そして、同時に全体の流通量の考えも、とてもルーズ。
任せっきりはイケない。任せっきりでは、もたない。
状況に応じて、流通量を増やすか、減らすか、その方法も作っていく必要がある。
モノと交換する時の、紙切れ。ヒトの労働と交換する、紙切れ。モノと、労働とが、円滑になるように、おカネは適切に流通させる必要がある。