ぷらいど
プライドにもいろいろある。
自分のポジションから来るプライドか、自分のしたコトに対するプライドか。
ヒトはポジションにより、違う振る舞いをする。ポジション、立場。
とても立場を気にする、そしてそれにより、人間関係を築いていく。
立場は、プライドをシステム化したモノで、とくに相手のプライドに配慮しなくてはならない。
それが立場のプライド。ポジションのプライド。自分のポジションで、いかにプライドを守られるか。それをとても求める。
したコトのプライドは、逆に立場などどうでも良い。あくまで内容を重視する。
相手がダレであろうと関係ない。そこにあるのは、自分のしたコトを許せるかどうか。
自分が作り上げる、理想型の自分。あるべき自分。そうでないといけない自分。
その自分にシッカリとなっているか、それを判断していくのが、したコトのプライド。
あくまで自分に対する、問いかけ。それの納得。もしくは不満。
出来ない時の言い訳。逃げ道。プライドが高ければ、そんなコトもする。
ただ、言い訳もせずに、自分以上の事をするヒトがいると、それは完全な敗北を意味する。
自分が逃げていたと気づく。したコトのプライドは、あくまで内容。だれであれ、自分以上の事をされれば、敗北を認める。
ヒトの社会は、どうしようもないプライドの社会。
ポジションであれ、したコトであれ、何らかの優位性を求める。
優位性を求めるコトで、向上していける。
ポジションのプライドは、優位性を求めるヒトに対して、用意されたシステム。
その立場で優位性も保証されるが、その役目の責任も果たされければイケない、そういう秩序。
組織は、ポジションか、内容か、どちらかになりがちだが、両方でイイ。ただし、どちらとも守らないとイケない事がある。
ポジションなら、その立場の責任を果たす。それが出来ないのであれば、自力で優位立てるようにならなければイケない。つまり、立場に腰かけてはイケない。
内容で優位に立ちたいなら、立場などいらない。場があれば、事足りる。
ポジションと、したコトと、プライドはどちらでもイイ。ただ、するべき事はする。それが大切。
そして社会も、出来れば両方のプライドが活かせるよう、システムを作る必要がある。それをとても、求めたい。