ねまわし
根回しなどなければ、とてもわかりやすい。
根回しがなくなれば、とても単純になる。ウラもオモテもなく、見えているモノが、すべて真実。
表沙汰が、すべて真実でわかりやすい。
表沙汰になる前に、知らせておかなければイケないヒト、それが根回し。
もし、無断で表沙汰まで進めた場合、黙っていないそのカゲの主導者たち。
カゲの主導者達は見え辛い。というより見えない。見えるのは表沙汰だけ。
ただ、表沙汰はセレモニー。儀式でしかなくなっている。
それでとてもわかりづらい。とてつもなくややこしくなる。
演劇のような、主導者が独りだけの舞台であれば、カゲで練習をして、作り上げる必要はある。
ただ、真実であるほど、すべてをさらけ出して欲しい。
主導者達もオモテに出て、そこでやり合えばいい。
なぜカゲでしか、出来ないのか。
オモテに出ている顔と違うから。おそらく、オモテとは違う顔を持っている。ウラ表があるからだと思う。
つまりオモテに出ているのは、ウソの顔。
ウソつきが多くなるほどに、根回しは多くなり、わかりづらくなる。
根回しなど要らない。ウソつきなど要らない。真実を語るなら、すべてオモテ。それが出来て始めて、本当に信頼される、カタチになれる。